いまから10年前、私と妻のあいだに娘が生まれた。
以来…あの日を境にして私は娘にとっての父として、妻は娘にとっての母としてこの世を生きることになった。
あの時、目の前に間違いなく存在してしまっている娘を見ながら、なんだろうなぁこれは…と感じていたことを思い出した。
彼女が生まれてそれまでの暮らしは大きく変わった。
それは、生れて間もない…会話もできない、意思をくみとるしかない娘を前に、まるで、ままごとのように始まってしまった“家族ごっこ”からいずれ“ごっこ”を取り去ること…
家族としての暮らし方、生き方を「自分で考えること」の始まりだったように思う。
子どもは育てるのか、それとも育つのか…。
この問いはとても難しい。
“育児なんて、今までの苦労に比べればたいしたことない…。 ましてや、かわいい子どもを世話するのだから多少の苦労があったとしてもそれは苦痛では無い…”
そんな育児に対する前向きなイメージがガラガラと音をたてて崩れさる現実。育児なんて投げ出してしまいたいと思いつつもそうはいかない。
自分が未熟すぎるがゆえ…と思い悩みながらもそれを誰にも言えず耐え続ける人は多い…。
この国をはじめ、世界中の大半の国々でも、育児の大半は母親である女性が担っているという状況が一般的だ。国によって、各家庭で多少の違いはあれど、我が家にしてもそれは同じ状況にあると思う。
そうした社会状況下、時々メディアを賑わす母親による痛ましい「幼児虐待事件」の背後には、多くの場合「産後鬱病」という病が潜んでいると言われている。
「産後鬱」という状態は、女性体内のある種のホルモンと密接に関連していることが医学的に判明しつつあることからすれば、この病が必ずしも現代特有の病であるとは言えないものの、それでもこの病が現代に激増していることを考えると、核家族化が進んだ現代…、子育て方法の変化はやむを得ず、それまであった親類縁者を中心とした、いわゆる「家族の協力」は難しくなってしまった…。結果、母親は産後というもっとも大変な時期を一人で乗り越えなければならなくなり、その大変さに耐え切れずに病気になることが多くなってきているとも考えることができる。
しかも子育ての大変さは、出産直後だけにあるのでは無い…。
3歳が近づくと幼稚園はどうしたら良いのか?と思い悩む。
6歳が近づけば小学校はどうしよう…と。
多くの母親たちは、この子の為に良き母親でありたいと懸命で、自分の人生を全て子育てへと振り向ける…。 書店には出産や育児雑誌、子育て本は山のようにある。
世間には甘い蜜が満ち溢れている…。
我が家の子育ては決して自慢できるようなものではないけれど、それでもある意味ではいさぎよい我が家の母は、自分だけで育児することを放棄している。 …こんな言い方をすると彼女に怒られそうだが、彼女の育児、そして子育ては、結局のところ、出たとこ勝負…。
元来心配性の彼女の性格ゆえか…、
考えすぎると疲れて結局は何もできなくなるぐらいなら、『流れるままに…』が彼女の子育て方法であるような気がしている。
娘が生れて半年ほど経った頃だっただろうか。 彼女は、当時私たちが暮らしていた市の公民館が主催する、「女性問題講座」に申し込み、その講座で学んでいる間の時間は、同じ公民館の中にある「公民館保育室」に娘を預けていた。 生れて間もない子どもを公民館に預けて学ぶ… いったい何をやってるの?…と思っていた私だが、彼女の行動は、自分たちがその当時運営していたPlanterCottageが、図書館ギャラリーというキーワードを持った、私設公民館的な「場」へと変化してゆく大きなきっかけとなったこと、そしていま、こうして私たち家族が長野市に暮らすきっかけとなったことは間違いない。
これから私は、長野市の中心市街地のお店を閉め長野市の隣り、千曲市に暮らしながら農業と子育てを始めようとしている若いご夫婦の「場づくり」に関わらせてもらうことにした。 子どもは育てるのか、それとも育つのか…。
彼らの新しい場づくりに関わらせてもらいながら、彼らと共にあらためて考えてみたいと思っている。
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