「気付き」

自ら気付くことは、この世を生きるための大切な力。
…というよりむしろ、人間がこの世を生きるためにもっとも重要な力とは、この力なのではないかと思う。
とはいえ、この力とはいったい何であるのかを言葉で説明することはとても難しい。
例えばそれは、ずっと考え続けていた問題の解決方法が閃いたあの瞬間…に感じるあの感覚を呼び起こす力。
「自ら気付く力」によって、自分の中で何らかの変化が起こり、いままで何の繋がりも感じていなかった、あるいは、繋がりが途切れていたモノやコトやヒトとの間が結ばれ、繋がり、新たな関係性が築かれる。
こうした途切れていたものが新たに結ばれてゆく際に生じる感覚こそが、あらゆる創造にとって欠かすことのできない源であり、そういった意味からすれば、自ら気付く力とは、まさに創造力であると言っても良いのではないかと私は思う。

 

私に気付きのきっかけを与えてくれた人や物や出来事は多々あるけれど、その中の一人、明治18年、長野県更級郡(現在の長野市信更町)に生まれ、尋常小学校、旧制中学校の教師であり地理学者であった三沢 勝衛が著した論文や研究は、ここ最近の私にたくさんの気付きをもたらしてくれている。
三澤勝衛は、『新地理教育論』(三沢勝衛著作集 第二巻、31‐32p)でこう書いている。

「教育というものは教えるのではなく学ばせるのである。その学び方を指導するのである。背負って川を渡るのではなく、手を引いて川を渡らせるのである。既成のものを注ぎ込むのではない、構成させるのである。否、創造させるのである。ただ他人の描いた絵を観照させるのではない。自分自身で描かせるのである。理解の真底には体得がなければならないのである。それがその人格そのものの中に完全に溶け込んで、人格化されていくところのものでなければならないのである。したがって、地理学においても地理的考察力の訓練を重視するのである。すなわち地理的知見の開発だけではない。さらにその性格までも陶冶し、自律的に行動し得るようにまで指導する、過分に感情および意志に対してまでも深い交渉を持ち掛けて行くべきものである。要は魂と魂との接触でなくてはならないのである。否、共鳴でなくてはならないのである」

 

まるで、昔観た学園テレビドラマに登場するような熱血教師のような…その論文は暑苦しいほどSoulful
でも…その言葉に嘘を感じないのは、三澤勝衛の地理学が実践・実理の地理学であり机上の研究ではなかったからか。野山を歩き回り、地域の暮らしと自然との関係を深く見つめることをつうじて得た、地域で生き続けるための地理学と教育とを常に切り離すことがなかったからに違いない。

「地球の表面という概念の中には、地理学の方面からさらにそこにいろいろの内容を含ませて考えなくてはならない。すなわちそれは、その表面というのは単に それが岩圏と水圏とでできているいわゆる大地の表面だけではなく、実はさらにその上を厚く掩っている大気圏の底面をも考え、しかも正しくはこの両者の接触面 を中心としてそれを地理学上での地球の表面と考えたい。」
「これら両者の接触からなるその接触面は、等しく地球のとはいうもののさらにいっそう多種多様のものであるべきことも想像に難くはない。しかしその多種多様であるそれぞれの接触面も、それが単なる接触面というだけではなく、その広狭のいずれを問わず必ずそこに一つの中心を持ち、それが統一的完全体としての存在であることを注意しなくてはならない」 『郷土地理の観方』(三沢勝衛著作集 第一巻、7p)

 

大自然である大地の表面と大気の底面との接触面における一大化合体を地理学上の地球の表面として捉えていた三澤勝衛は、この接触面において土壌・植物・動物・人間が互いに大地・大気と関係しあいながら、一体となって表出するもの…「一つの中心を持つ統一的完全体としての存在」 それを『風土』であるとした。
例えばそこが寒い土地であたり雪が多い土地であったり、水が冷たかったり、風が強かったり、湿度が低かったり…、それら人間にとって一見望ましくない自然に対しても、それを憎んだり、征服したりしようとするのではなく、風土に従って、その力を活用することでプラスの力が生まれる…風土を活用することこそが人類の叡智であるとした三澤勝衛の地理学研究とその教育は、効率と平均化一辺倒の現代に生きる私たちに多くの気付きを与えてくれるのではないだろうか。
…少なくとも、歩いてもゆける程近くに、熊や鹿が暮らす山を背にした街に暮らす私の魂は、三澤勝衛の地理学に大きく共鳴し、揺さぶられている。
途切れていたものが繋がり、結ばれてゆく感覚がそこにある。
この感覚から始まる新しい創造が何であるのか…いまはまだぼんやりしてはいるけれど、この感覚があるということは、きっとこれから何かが始まるのだと思える。
いまはそれだけでとても嬉しい。

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