「美が満ちる時」

美術では食べて行けない…多くの日本人が美術に対してそうしたイメージを持っていることは否定できない。だからと言って、自分が美術家を名のることでそのイメージを払拭できるとは思っていないしそのつもりもないけれど、それはそもそも美術を職業として捉えるからこそ生じるのではないか。自分は美術家を名のっているけれど美術が職業だとは思っていない。新型コロナウイルス感染者数増加によって社会の警戒感が増しているいま。自分の無力さを、そしてまた美術の無力さもまた感じつつも、でも自分はここまでつくることでしか生きてこれていないことを思えば、結局は自分にはつくることでしか、いまを、そしてこれからをどう生きるのかを判断することができないのだとはっきりと思えるようになった。こう思うようになったのは先日、新潟県十日町市にあるJR十日町駅から車で15分ほどの山間にあるミティラー美術館に出掛けたことも大きく関係している。これについては前回の投稿にも書いたけれど、自分はそこで、この感じなんだよなぁ…という感覚に満たされていることに気付きつつ、自分が何を望んでいるのかについて思い出したような気がした。もちろんミティラー画やワレリー画といった絵画そのものの素晴らしさもあると思う。けれどそれだけではない、自分の感覚を押し広げる要件はそこにあった全体をつくっているものであって、その中のどれかということではないのだと思う。さらにそこには自分を取り巻く時間があり、人が歩んできた歴史があり、興味や疑問も含まれる。そういった全体が調和した姿に出会うことによって感覚は刺激され押し広げられ生命が躍動する。魂が震える状態とはそういうものだと自分は思っている。魂とは肉体とは別の非物質的な精神的概念であり、その存在は科学的に証明することはできないとされてはいるものの、精神の状態が少なくともヒトという生命にとって(ほんとうはあらゆる生き物にとって…)重要であることは疑いようのもない事実であるにも関わらず、喜びや悲しみ、怒りや愛おしさといった数値として計測できないものは社会の基準には含まれずに、不必要とはされてはいないものの、結局は不確かなものとして都合良く魂の概念の中へと放り込まれてしまっている。現在の社会状況を思えば、新型コロナウィルスの科学的解明はそれはそれとして必要なことであり科学が導き出す答えを間違っているとは言えないけれど、そこには魂の概念が含まれていないことは忘れるべきではない。魂を持つ人間が実数だけで判断せざるを得ない策に頼っているだけでは、いずれこのウイルス以上の不安が増し、社会の分断はさらに加速し兼ねないと思う。いま社会のいたるところで起こってしまっている歪みは、美しさが世の中から消失していることと大きく関係しているのは明らかだと思う。本来それにいち早く気付き、美しさを社会へと取り戻す行動をすべきは表現者たちなのかもしれないが、そうした人々の多くがコロナ禍によって同調を余儀なくされたり委縮してしまっている状況では、表向きには経済と生命の優先議論に終始してしまうことは当然で、こうした現状を思えば、いまだからこそ、美術とは、表現とは社会にとっての何を担うことができるのかについて、魂の議論をするには絶好の機会なのかもしれない。私たちはとかく物事に対して順位や評価を求めてしまいがちだけれど、美術が持つの最大の可能性は、絶対的な曖昧さに裏付けされていて、たとえ作品にどれだけ高い値が付けられていたとしても、美しさはけっして支配できないことにある。言い変えればそれは、美しさを感じることに於いて人は絶対的に自由であるということで、私たちは美しさを感じる自分自身から自由とは何であるのかを学ぶことができるのだと自分は思っている。ということで。年が明けてからの2月から3月頃に、美術家らしく作品展示をしようと企んでいる。随分と前、考えるところがあって画廊や美術館での作品展示はしないと決意してから20年以上経つ。「美は何処にあるのか、何のためにあるのか」がいまも自分にとっての最大の課題ではあるけれど、少なくともそれは、魂の自由に大きく関係していることについてはようやくわかってきた。作品展示については、以前から展示してみないか…と誘ってくださっている方がいて、自分のタイミングが合わず長いこと実現できずにいたという経緯がある。この投稿で自分の逃げ道を塞いだら、制作展示についての相談をしようと思っている。社会は未だ行き先が見えないままではあるけれど、美術が少なくとも魂の自由に関係しているとわかっている以上、作品をつくることできっとこの先が見えてくるであろうことを何よりも自分が自分に対して期待したい。そしてもう一つ。もう長いこと続けてきている私たち(妻と自分によるプロジェクト)リキトライバルとしての場づくりももう一歩前に進めたいと思っている。これについては長くなりそうなので、またの機会に。

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