作品をつくること。それが山登りに似ていると思ったのはもう随分と前のこと。
まったく、こんなことをして何になるのか という思いと、意味が無いと思うことをすることこそ意味がある という思いがまるで念仏のように頭の中を駆け巡る。
あれっ…そう言えば山に登って答えは出たのかすら忘れ、結局はまた山を登りはじめている自分がいる。
自分が暮らす町は善光寺の門前に広がる町で、善光寺は仏教寺院ではあるものの神社とも縁が深く、中でも、妻科神社、湯福神社、武居神社の三社は善光寺三鎮守とも呼ばれている。
その妻科神社は自分が暮らす町である長門町(ながとちょう)の氏神でもあって、妻科神社と湯福神社ではこの時節、半年分の穢れを祓う、「夏越(なごし)の大祓(おおはらえ)」と呼ばれる神事があり、境内では「茅の輪くぐり」(ちのわくぐり)が行われる。
今回の自分の展覧会がこの時節と重なっていることは目に見える姿を作り出す上でそれなりの意味を持つ。。
自分が作品をつくる際、先ずはフィクションでもあるストーリーを書くのだけれど、そのストーリーの一つがこの「茅の輪くぐり」にまつわるストーリー。
茅の輪となる「茅」(チガヤ)は、単子葉植物イネ科チガヤ属の植物。沖縄から北海道まで広く分布、群生する広線形の葉が特徴の50cmほどの雑草。
古く中国では、茅は魔除けとして、また神前に備える供物として使われてきた。漢字の「茅」の文字は、「草の矛」という意味を持つため、葉の持つ矛(ホコ)のような形状が、強力な神威の現れだと考えられていたことが起源だとも言われている。
作品の中には幾つものストーリーが交錯しているけれど、「茅の輪をくぐり」から連想されたストーリーもその中の一つ。
ストーリーの一つひとつは本になるぐらいに長いので、とてもここには書ききれないけれど、作品では茅の輪くぐりの茅(チガヤ)は土になっていて、その土の輪をくぐることは作品の成立にとって重要な要素として考えている。
ということで、現在よそ9合目付近を登っています。
作品はすべて公開で制作中です。
ご興味ある方は是非、ギャラリーにお越し下さい。
頂上到達までは、あと2日から3日ぐらいだと思っています。
※茅の輪くぐりの画像は、「小林玲子 善光寺表参道日記」よりお借り致しました。
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