PlanterCottage

「PlanterCottage」

今年3月3日に、娘の茉莉花がメンバーの一人として活動しているバンドが、東京・国立市の「地球屋」でライブすることが決まったそうだ。

国立市育ちの娘、茉莉花という名前は、高楼 方子 作の「時計坂の家」に登場する重要な人物の名前であること、そして、娘が生まれたその頃に自分と妻とで運営していたPlanterCottageに力強く繁殖していた、羽衣ジャスミンにちなんだ名前。

彼女が6歳になった年に私たち家族は、長野市へと暮らしの場所を移動したのだけれど、茉莉花にとっての故郷は国立市であって、いつの日かそこに帰ろうと思っているのだと思う…。

1999年3月から開始したArt project、PlanterCottage(プランターコテッジ)は、東京の西、国分寺と立川の間に位置する国立市の住宅街の中にあった、古い木造平屋賃貸住宅…6畳一間・3畳ほどの台所・風呂・トイレ(汲み取り)・狭い庭付きの、二戸一(にこいち=一つ屋根の下に二軒が暮らす集合住宅)の半分を内外共に全面改装し、そこで行われた様々な場づくりのこと。

当初は、1年毎の契約だった建物を用いた場づくりは、結果として東日本大震災の翌年の5月まで、建物が解体されるまでの13年間に渡って続けられた。

日本の高度経済成長の絶頂期にArtと出会った自分ではあるものの、今にして思えば、周囲の雰囲気に乗っかりその道を何となく歩み始めた感は否めない。

それもあってか、いわゆるバブル崩壊というタイミングによって、自分の中にArtに対する何処かモヤモヤとした気持ちがあることに気付きはしたものの、そのモヤモヤとはいったい何であるのかわからないままの状態が自分にとっての1990年代であったと思う。

とは言え、Artが嫌いになったわけではなかったし、Artをやめるつもりもなかった自分が、とりあえず…、画廊や美術館といったArtのために用意された場所での作品はつくらないと決めたものの、生きてゆくためには稼ぐための仕事は必要で、友人の伝手を頼って商業的な空間や造形物をつくったりしつつ、しかし気が付けば、つくることとはまったく無関係なクライミング(岩登り)にのめり込んでしまって、このままクライマーとしてこ生きてゆきたいと真剣に考えるようになっていた。

Plantercottageへと続く建物改修を始めたのは、そんなクライミング熱が頂点に達していた頃のこと。

クライミングのし過ぎによって故障した腕のリハビリを兼ねて遊びに行っていたフィリピンの離島(パラワン島)から帰国して一か月ほど経って、あの深いジャングルと信じられないほど綺麗な海と石灰岩の岩山しかない離島で感じていたあの心地よさを自分が暮らす街でも感じたいと思いながら、依然として回復途中の腕のリハビリも兼ねて始めたのが始まりだ。

結果的には、その建物の改修、そしてPlanterCottageという場づくりを始めたことによってクライミングをやめてしまったのだけれど、あれほどにも熱中していたクライミングをやめることになったのは、岩を登るというただそれだけのことによって気付く様々な関係性に対して自分は熱中していたということでもあって、それは例えば、生身の身体一つで岩を登ることによって感じる重力だとか、岩の感触だとか、体の痛みだとか…、そうした、実際にはいつでも感じてはいるもものの意識の表層には表れてこない様々な関係性が、岩を登ることによって呼び起こされるその感覚こそがクライミングを魅了していた…というか、岩登りによって感じたそうした関係性は、それまで自分がArtだと思っていたこととは比較にならないほどの豊富さであったことは確かであり、それがたまたま、腕を故障してまだ満足に岩を登れないでいた離島で、海と岩山を眺めているだけであったのにその感覚に満たされていたそのことによって、それまでにはなかったArtに対する何らかの気付きが自分の中に沸き起こったのだと思っている。

PlanterCottageは、自分が暮らす街の定点から街を観測し続けるためにつくった場所。

そのために、自分は植物にそのための助けを求め、その代わりに、人のためではなく、植物のための家をつくることにしたのだ。

そうすることでPlanterCottageが街の中で育つ樹木になることが出来るのではないかと思ったからだ。

以来、そしていまも自分は、Artという作品性に対して疑念を抱き続けている。

Artが移動可能性を実現したことによって生じてしまっている歪と、私たちが生きるこの社会に生じる歪との共通性は、単に移動不可能になれば解決するということではないものの、Artと社会は同様に、そもそも、どこにも存在し得ないものであるということの上でようやくその先について話すことが出来るのではないかと自分は思っている。

それと言うのは、Artとは何か、とか、何がArtであるかということではなく、Artが根を張るその先に関係性があり社会がそこにあるだけのことではないかと…。

PlanterCottageがArtであるかないかということを論じる必要性は微塵もなく、PlanterCottageが根を張るそこにただ関係性があったということなだけのことだ。

そうした関係性こそが社会の実態であり、社会と植物は常にその関係性によって結ばれているということを、自分はPlanterCottageという場づくりをつうじて知ったのだった。

マゼコゼ日記、プランターコテッジ(小池つねこ)

https://rikimaze.exblog.jp/15148496

PlanterCottage BLOG

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