「七夕 ひとりふぇす」

東京の活動の本拠地である豊島区でのちょっとした作業を終え、明日、神奈川県湯河原町の現在進行形の現場に行く前に行っておきたいところがあった。

自分の現住所地は長野市で、今回の参議院議員選挙は長野選挙区しか投票が出来ない。

…が、候補者の演説を聞くだけなら何処でもどの候補者であっても可能。

自分には今回の選挙で一人だけ注目している候補者がいて、出来れば、その候補者から出る言葉を直接感じてみたいと思っていた。

東京選挙区 

中村 之菊(なかむら みどり)

「沖縄の米軍基地を東京へ引き取る党」

https://returnbase.jp/

彼女を知ったのは、いまから4年ほど前の、沖縄・辺野古の新基地建設のための土砂投入がまじかに迫っていた頃だったと思う。

それまで、基地建設推進派 対 反対派という構図は、左翼 対 右翼という構図と同一で、右翼は推進者側であり権力側だと思っていた自分は、あらためて「右翼」と国家、あるいは右翼と権力との関係について知ろうとして何冊か本を漁っていたその中の一冊、「右翼」の戦後史 の著者、安田 浩一氏による記事をネットで読んだ時からだった。

18歳の時に右翼の街頭演説を聞いたことで、社会に関心を持ったのだという中村之菊は、正真正銘、民族派の右翼。

記事には、そんな右翼である中村がたった一人、「米国の正義を疑え!!」という文字がプリントされたトレーナーを着て、沖縄の米軍の基地のゲート前で街宣している姿が紹介されていた。

「沖縄の痛みを理解したいと思う。戦争の傷痕、記憶に思いを寄せたいと思う。そして、基地のない島を目指す沖縄の人々に寄り添っていきたいと思います」

「他国の軍隊が居座っているような状態を許容するほうがおかしい。自然を破壊され、主権を踏みにじられているというのに、黙っているわけにはいきません」

「真摯に歴史と向き合う。矛盾から逃げない。そして、日本社会の中にある差別を許さない。それが私の”愛国”です」

…と言う中村のその言葉は、強い力によって押しつぶされた側、苦痛を強いられた側、理不尽を飲まされた側に寄り添おうとする者だからこそ出る言葉。

自分がこれまで抱いていた右翼が語る言葉が持つイメージとはだいぶ異なる言葉で、その記事を読んでから、いつかその言葉を直接聞いてみたいと思っていた。

そのチャンスが7月7日、七夕の日にやってきた。

「なかむら之菊ひとりふぇす」と題した選挙演説の予定には、19時から首相官邸前 とある。七夕にひとりふぇす。

仕事を終え、用事を済ませ、首相官邸前に到着すると同時に、横断歩道の向こう側で演説が始まった。

拡声器の声は既に枯れ気味だったけれど、想像していたとおりの言葉がそこにあった。

「わたしたち本土の人々は沖縄の人々の不幸の上に幸福を得てきました。これは紛れもない事実です。」

「一日も早くこうした痛みを分け合うところからはじめたいと思います。その為にも、「沖縄の米軍基地を東京へ引き取る」…と。

その言葉に嘘も偽りもまったく感じない。

彼女の公約を是非一度読んでみてはどうだろうか。

これは沖縄だけの問題ではなくて、福島のこともそう。

強い力によって押しつぶされた側、苦痛を強いられた側、理不尽を飲まされた側が感じる痛みを、見て見ぬふりをして幸福を得る…そんな私たちすべてにとっての問題なのではないか。

先ずは、この社会の歪み、現実をしっかりと受け止めること。

それはとても辛い。

でも、そこからしか何も始まらない。

共に感じるにはどうすれば良いのか…。

言葉を届けるにはどうすれば良いのか…

思い出に残る七夕になりました。

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