A RAIN DOG

東の空が次第に明るくなるにしたがって山の稜線がくっきりと浮かびあがる薄明りの時間。

この時間から散歩に出掛けるのは久しぶり。

このところ、読書量が随分と増えているのは間違いなくRainのおかげ。

散歩から戻って朝ごはんを食べた彼はまた眠ている。

妻がアイヌ刺繍家の藍美さんからプレゼントされた、「雨犬 RAIN DOG」 の冒頭の一行

「街中のちょっとしたところに記憶が落ちている。」

犬と暮らして、毎日犬と散歩している人ならきっとわかる….

自分が いま何処にいるのかについて、犬から気付かされることは実に多い。

彼らにとっての 匂いを嗅ぐ は、何か必死に探している様。

それが雨犬の言うように記憶だとするならば随分と納得がゆく。

犬はオオカミと同じ遺伝子を持つそうだけど、中でも日本の犬の代表格でもある柴犬という犬種は、世界中の犬の中で最もその遺伝子がオオカミに近いのだそうだ。

我が家のRainも柴犬の遺伝子を引き継いでいるらしいし、彼が探しているのはきっとオオカミの遺伝子の記憶の痕跡なのかもしれない。

彼らが人間と一緒に暮らすようになって、人間は犬から自然界の色々を教わったはずだ。

獲物は何処にいるかだとか、危険が迫っているだとか…。

人間の生き方、暮らし方が変化し、彼らの役割、人間との関係もまた変化してきただろうけれど、未だ彼らが人間と一緒に暮らしているのは何故なのか。

右へ左へと動きまわる、探しまわるRainと自分とをつなぐリードを見ながら、このリードはいったい何のためにあるのだろうか…と思いながらあれこれ考える。

彼のウンチを拾いながら、なぜこのまま此処に残しておいてはいけないのだろうか とか。

此処は人間の暮らす場所だから。

彼らの遺伝子の中には人間だって本当は持っていたはずの、でも,もはやその殆どを必要ないものとして忘れかけてしまっている膨大な遺伝子情報が含まれている。

「その人がそこにいたことが、その場の空気に…正確には水素に… 記録されているだけのことだ。」

きっとそう。

犬はこの世の記憶のかけらを拾い集めている。

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