「ヨキ」

我が家が長野に暮らしてはじめて4度目の冬。
今年はなんだか穏やかな冬が続いていて、まだ2月のはじめ…いま頃が最も寒くなるはずなのに既に春の気配が漂いはじめていて、冬好きの自分としてはなんだか物足りない。

ここに暮らし始めてからことあるごとに思うのは、これほどにも山が近くにあるのに、山の暮らしは随分と遠くにあるということ。
振り向けばすぐそこに山があるこのまちで、人々は町がある方角ばかりを見ようとしている気がする。

山の暮らしをなめちゃいけない。
いま山にいる人達だってほんとうは山から離れたいと思っているんだ。
昔とは違うんだ。
山はあんた達のような街育ちが憧れだけで暮らせるようなところじゃない。

…何度もそう言われた。
そうかもしれない…。
でも、だからこうなったんだ…とも思う。
それが誰かのせいだとは思わない。
山の暮らしを背にして街ばかりを見ていたのは自分なんだし…。

山仕事をする人たちが使う道具のなかに、ヨキ と呼ばれる道具がある。
斧(オノ)のことを山で働く人々はヨキと呼ぶ。
山道具とは言ってもいろいろだけれど、自分にとって身近で大切な山道具がこのヨキ。
自分は、ヨキが無ければ山仕事に行けない…と言うことではないけれど、山と自分を近づける為に必要な道具がこのヨキだと思っている。

ヨキの刃には4本筋、あるいは3本筋が刻まれている。
4本筋は、「地(土)・水・火(陽)・風」の四気(ヨキ)を、3本筋は五穀と酒…山の神への供物である 三気(ミキ)…を意味するそうだ。
四気の「地(土)・水・火(陽)・風」は、木が育つためには欠かすことのできない大切な要素。
かつて、木こりたちは、木を伐る前に、その木に宿っている霊に感謝の祈りを捧げ、ヨキを立てかけ祈ってから木を伐ったそうだ。
木という姿をした生命に支えられて私たちは生きることができている。それをいつも心に刻む道具…それがこの祈りの道具…ヨキなのだと思う。

自分は林業従事者では無い。
ましてや、山に暮らしてもいないし、山仕事をしなければ日々の暮らしが滞る…と言うわけでも無い。
でもそんな自分がいまこうして、ここで生きていられるのは、そこに山があって、その山で暮らす人々がいたからだと思うようになった。
それに気付いたのはもしかすると、その道具が「ヨキ」と呼ばれている…と知った時だったような気がする。

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