在ネパール日本大使館は5月31日、ネパール・ヒマラヤ山系 世界第7位の高峰ダウラギリ(8167メートル)で23日に死亡した日本人女性の身元が、東京都練馬区の河野千鶴子さん(66)と確認されたことを明らかにした。
助産師で看護師でもある河野さんは、主婦業と助産師という仕事をしつつ50歳から本格的な登山に挑戦し始め、これまでに7大陸最高峰および8000メートル峰5座に登頂成功した登山家として知られている。
今回のダウラギリ登山はシェルパ2名との登山であったそうだが、頂上から120メートルの時点で河野さんが体調不良を訴えて引き返していた途中、7700メートル付近で酸素吸入を行ったものの力つき息を引き取ったという。残るシェルパ2名は河野さんの遺体を残して下山を続けたが途中1名が滑落、かろうじて生き残ったシェルパ1人がベースキャンプに辿り着き遭難の様子を伝えたとのことだ。
この時期になると一帯は雪崩などの危険性が高くなり、遺体搬送作業だけでも死を賭する活動になるそうで、おそらく遺体は7700メートル地点から降ろせないであろうとのこと。そうした場合の遺体はシュラフとテントで覆って氷河のクレバスの奥深くに落されるそうだ。
つい先日の、三浦雄一郎氏の80歳という世界最高齢でのエレベスト登頂成功とほぼ同時期に行われたヒマラヤの高峰登頂の試みだったにもかかわらず、一方は輝かしい成功であったのに対し、他方は悲劇に終るという極めて対照的な出来事でもあった。
山国である信州に生れ、目の前に山と川がある場所で育ち、野山を駈けまわる私にむかって母は、「このあたりの山なら良いけれど、高い山に登ってはだめ…」と、ことあるごとに言い聞かせていたことを思い出す。
それは、人一倍好奇心と冒険心が豊富で運動神経もまずまずのわが子を見ながら、このままだといつかこの子は高い山にも登りかねない…高山の登山には遭難が付きものだ…という我が子を案ずる親の想いがあったからだと思う…。くわえて、もしも遭難した時には高額な捜索費用が必要になることも理由の何処かにあったとは思うが。
そんな私の子供時代…三浦雄一郎は私にとってのヒーローの一人だった。
世界最高峰エベレストをスキーで滑り降りるという快挙に幼い私の胸は高鳴り、いつかは自分も三浦雄一郎のような冒険家になりたいと、地図帳を眺めながら、未だ誰も挑戦していない冒険の地に想いを馳せていた。
あれから数十年。
かつて自分が子ども時代に感じていたような、冒険に心踊る…という機会はめっきり減ってしまった。それは自分の年齢のせいか、それとも世の中が変化したからか…。
それでもたまに、私の中にある冒険心に揺さぶりをかける何かが、山を登ろうとする人々の姿の中にあるような気がしてならない。
それは必ずしも世界有数の高峰であるとか高難所への挑戦であるとか、順位を競うといった山登りであるとは限らない…。
「山が好きだから登る…いまよりももっと山が好きなるために…」
そんな姿は、極めて純粋無垢で、社会の現実からは遠く逸脱しているようにも見える…。
大金を使ってまで山になんか登って、成功して名を馳せるならともかく、死んでしまったら元も子もない…と言われるかもしれない…。
でもそれはけっして社会から逸脱しているわけではない と私は思う。
純粋無垢ではあるけれど、その挑戦は極めて現実的で、命に対して真正面で向き合おうとする姿そのものだ 。
けっして自分勝手な行動でも無い。
私たち全てにとって共通する命の輝きを感じさせてくれる姿を前にした時、私たちの命はそれに反応する…自分勝手な挑戦どころか、この世の中でそうやって命を輝かせることのできる人は少ない。
生きるとは何かを私に感じさせてくれた河野千鶴子さんに心からの感謝。
謹んでご冥福をお祈りしたい。
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