「歩きながら」

ラジオのニュースも、新聞の紙面も、フェイスブックに流れる情報を聞いたり見たりするにつけ、まったくなんてことだ…と思うことで一杯だ。
いまが情報化社会であることは認めざるを得ないけど、こうも一方的に情報が溢れかえる現状のままでは、私たちが情報をかえって遠ざけてしまうことにもなりかねないし、そうした状況の訪れを虎視眈眈、待ち続ける輩もいるかもしれない…。

メディアとは情報を選択しそれを売り買いすることで成立するしくみだ…売れる情報を買ってくれる人に向けて配るのがメディアの仕事…。
でも自動車も家電も音楽も、野菜もお米も…私の仕事だってそこは変わらない。
情報が悪いわけじゃない…。
大手と言われるようなメディアをああだこうだと責めたてることは簡単だが、責めて批判するだけでは何も変わらないのではないかと私は思う。

問題の本質はそこじゃない。
情報をどう受け取るかは、私たち一人ひとりに委ねられている。
私たちがいましなければならないことは誰かを批判したり、徒党を組んで誰が強いかとかを競うことなんかじゃない。
そんなことより“自分で考えること”こそが大事じゃないのか…。
その先にあるのもの それが「自由」そしてその先に「平和」がある。
自由を放棄したり、自由とは何かを考えることもせず、ましてや自由を他人に委ねたりしてはいないか。

…。
それにしても、これだけたくさんの情報の中から自分にとって必要な情報を選択し解釈し、自分にとっての生きる力へと変換する…ということは並大抵のことじゃない。
一人きりで考えたって何も答えは出ない…それどころか、膨大な情報は疑問に絡みつき、疑問は新たな疑問となって膨らみ、やがて何も、誰も信用できないという不信感を育て、結局は自分を痛めつける…。
もうこれ以上 いのち を傷つけあうことはやめにしよう。
外に出よう。

外に出て歩きながらみんなで考えよう。

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